あんまり楽しい内容じゃないので、Twitter連動しないでひっそり書きます(笑)。
震災から2ヶ月が経過しましたね。
エア被災、と、topに書いたので、数人から「エア被災とは?」と訊かれました。
震災によって直接的な被害は受けてはいないが、被災地の情報を得るなどして精神的にストレスを受け、
元気がなくなること、だと思われます。
有名な例は、スピッツの草野マサムネ氏。というか、 氏がストレスで倒れたことを受けて出来た言葉なんじゃないかな。ネット用語です。
わりと、「被災地は想像を絶する大変さなんだから、被害の少ない地域の人間がストレスだの、買占めだの言うな」 というようなニュアンスで用いられます。あまりよい言葉ではないですね。
まあ、買占めの件についてはたしかに感心できるようなことじゃあないと思いますが、
震災のことは全く他人事じゃないわけであります。
連日の報道に心を痛めストレスを感じたりすることを、「被災地の人はもっと大変なんだから」と否定して押し込めていると、余計にストレスになることでしょう。
うん、なんか、こう。
震災直後くらいの時期でも書けるような内容でございますな。
いや、いいんです。
時間の経過とともに実感や関心が薄れていく ほうがよろしくないですので。
で、わたくしもたいへん気が重いです。
震災のことも勿論そうですが、(震災とは別に考えたいのですが)原発問題のことでです。
電力会社の、各界への甚大なる影響力と利権のしがらみの、ほんの少しくらいは薄れてきたような感はありますが、抑えきれなかった批判へのポーズとして、国民へのアピールをしているだけと捉えられるような状況でもあります。
マスコミの報道でクローズアップされることは非常に少なくなりましたが、原発(地名はもう書きません)の状況は予断を許さないものである疑いが非常に強いです。
たいへん不安です。
まあこれもエア被災と言ってよかろうと思います。
なにかをしているときはそれに全精力を傾けられるので良いのですが、なにもない時になかなかエネルギーが湧いてきません。
ブログの管理画面を開くことすら億劫になってました。
という、更新が滞っているいいわけ。
いやいや。
ほんとうは、あんまりこういうこと書くのは好きじゃないのですが、
なんだろう、けじめとして(何の?)。
音楽にはいままで以上のエネルギーを傾けつつ、
最近はそんな感じでした。
徐々に、目を開いていきたいと思います。
コメント
コメント一覧 (12)
実は私、3.11以降は睡眠も十分にとれず神経はやたら過敏になり、食事もあまり摂れずにいます。
それでも東京に住んでいる私より被災地の人はもっと大変なんだし、何か出来る限りの事をしなくては!と、空元気でやたら頑張る努力をしていたら、倒れてしまい失語症になり、安静にしているようにと医師から言われています。
今も辛い時を過ごしていますが…
でも小山田くんのBlogを読んで、かな
り気持ちが穏やかになりました。
自分を責める必要はないよね?
このようなBlogを書いてくれてありがとう!感謝いっぱいです!
地味にどういう意味だろうって気になってました。(まぁだいたい予想はつくんですが)
時間の経過とともに実感や感心が薄れていく...
↑激しく同感です。
震災直後は(今も)全国で募金や節電や救援物資輸送などいろいろ行われてようですが被災した方々にはほんとこれからが長い道のりだと思うので息の長い支援が大事だと思います。
個人的には震災直後の被災された方の受け入れの福岡市の対応にいらだちを感じたり、九州での節電や経済的自粛はなんの役にも立たなかったりで一体何が出来るんだろう...考える日々です。
私も徐々に目を開いていけたらよいなぁと思いました。
長期的支援について、ちょっとした目標を立てて実行中です。
とはいえ本当にほんの少しのことなんんですが、ギャングスターのライブからない脳みそ振り絞って考えまして、ここに書くことで後に引けなくしてみます(笑)
私もここ2カ月思うことがたくさんありました。
私より何倍も感受性が強いミュージシャンの方々は比べ物にならないほど神経を使っているのだろうなぁと…想像の域を出ないのですが…。
なんだか眠れなくなったり、ひとりでいるのがどうしようもなくつらかったり。
ソノダバンドや綾さんや、たくさんの音楽に助けられたなあ…と思うです。
おやまだ兄さんが音楽やっててくれてよかったなあ、精神的に助けられたなあ。
とか。こういうことは本当はお会いできたときに面と向かって言いたいのですがなんか恥ずかしくって;
明日もおやまだ兄さんの音楽聴いて頑張ります。
私の背中を押してくれるミュージシャンのひとりです。
感謝しております。
あたたかい言葉を紡ぎ、ご努力を怠らず、歩みを止めようとはなさらない。
拝読していて、涙が出てきました。
人生は無意味なもの(決して、絶望的にも、短絡的にもなってはおりませぬ)、と考えています。
けれど、そこに意味を見出だそうとする尊い意志があるから、人が人として、生きる価値があるのではないでしょうか。
だから、わたしは動きます。今日、終わりを迎えてもいいように。
こんなときだからこそ、ちゃんと言います。
ブログは、義務感にかられないでくださいませね~。
ええ、言わなくたって、もうすっかりお分かりに違いないと思いますけれど。
いつの日か、コメントされているみなさんとも、お目にかかりたいです~っっ、とあえてここで言うてみます。
長々と失礼を致しました。
今まで、明るい東京や便利な日本を当然だと何も考えず生きてきました。
原発に限らず、根本を見直さなくては目をそらすことをやめなくてはいけないのだと思います。
長い道のりに自分がどう関わり続けるか、迷いながら動きながら模索していきます。
長文失礼しました。
目を開いていても、開いてなくても、その時々の小山田さんの音楽を楽しみにしてます。
> 彩乃ポンチ♪さん
あ、それですね、エア被災。
記事内でも書いたのですが、あんまりいい言葉じゃないんですけどね(笑)。
そうですね、自分を責めることはないです。
> mitsukoさん
ですねぇ。
サポートでドラム叩いてる、東京ギャングスター ボーカル(と、しゃべり)のpagiさんが、
継続的に支援しなきゃ、と強く言っていて、
すごくなるほどなぁと思ったんですよね。
うん。
忘れないことが一番だと思います。
あと原発についてちゃんと考える。
> kandarsonさん
おー、えらいですなぁ。
まぁ、あんまり気合の入ったコメント来ても困るけども(笑)。
何かしら発信することは重要だと思います。
音楽だけは全力でやっていきますですよ。
> さか さん
ありがとうございます。
後悔のないように、生きなきゃいけないという思い、たしかに強くもってしかるべきですね。
ちょっと、気を引き締めなきゃ。
がんばります!!
> ユメコさん
うん、その通りですね。
ありがとうございます。
恐ろしく良くない事がたくさん起こり、いまだ良くない状況にありますが、
様々なことを根本から見直し、少しでも未来が明るくならないといけない、
そう思います。
これはわたくしの考えに賛同して下さった学習教室の保護者の皆さんや友人が協力してくれた賜物です。
四歳の子どもたちも一生懸命に手紙や俳句も書いてくれました。四歳のSちゃんの「さむいかなぼくのこーとをあげようか」という俳句は読売新聞にも掲載されました。
そうこうしている最中私の父が救急車で運ばれそのまま入院…約一ヶ月頑張りましたが先日の13日に静かに息をひきとりました。
人間の尊厳をもって生きるとは何か…悲しみより沢山の喜びを多くの人と共有したいと常々わたくしは思っています。
今、人それぞれ被災地の皆さんを勇気づけられることはあるはず。義援金や物資支援、ボランティア活動だけではありません。音楽、芸術、言葉…
26日はBirthdayですよね。お誕生日おめでとうございます♪
輝かしい未来に向かってより飛躍されていかれることを祈っています。
素敵なことがいっぱいの一年でありますように。
長々と失礼しました。
> ゆうさん
コメントありがとうございます。
素敵なことだと思います。
> そうこうしている最中私の父が救急車で運ばれそのまま入院…約一ヶ月頑張りましたが先日の13日に静かに息をひきとりました。
そうでしたか…
謹んでお悔やみ申し上げます。